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SAKURA NAVI やりたい仕事、見つけよう!

お笑い芸人
(よしもとクリエイティブ・エイジェンシー)
兵動大樹さん

07CASE
小学校の卒業文集の将来の夢に「お笑い芸人」と書いた人もいるのでは?小さい頃からの夢を叶えお笑い芸人として大活躍中の兵動大樹さんに聞きました!どうやってその職に!?

漫才師をめざしたのは小学校4年生くらいのときに漫才ブームで、ツービートさん、紳助・竜介師匠、オール阪神・巨人師匠、西川のりお・上方よしお師匠、今いくよ・くるよ師匠が“若手“と呼ばれてテレビで漫才をバンバンするのを見ていたのがきっかけです。

僕は大阪市内出身で、「かっこいい」とかはないですけど、「おもしろい」と言われると嬉しい民族で(笑)。「おもしろい」と言われることに、かっこよさを感じでいました。

高校卒業後はCMプランナーの専門学校に通っていましたが、そこでへびいちごの島川(さん)と同級生だったんです。ふたりで漫才師になろうということになって、NSCという吉本の養成所に入りました。

ある日、市営住宅で同居していた祖母に芸人になると話したら「市営住宅に住んでる人は芸人になられへんらしいで」と。今考えたら無茶苦茶な話ですが、おばあなりの止め方だったんだと思います(笑)。当時の僕は、なぜかおばあを信じて「それはしゃーないな」と納得しました。で、島川(さん)にこの話をすると、島川(さん)も、「へー。そりゃしゃーないなー」ってなったんです。でもそのままNSCには通っていて、そうこうしているうちに縁あって今の相方の矢野(さん)に出会いました。それが矢野・兵動の始まりです。

その後デビューしましたが、1.2年でトントンといって新人賞をいただいたり、給料も思ったより悪くなくて、「え!こんなラクにいけんねや!」と思っていました。でも4年目ぐらいから仕事がほとんどくなって、アルバイトをしながらつなぐ時期が10年ほど続きました。今思えば、その頃はきつかったですね。

その苦労された時期から抜け出す事になったきっかけを教えてください。

矢野・兵動は、もともと地味なコンビで。旬の若手芸人が登場する「日曜笑劇場」で出番をいただいていましたが、同世代のアイドル系コンビが若い女性ファンに騒がれる中、早めの卒業になってしまい、そこからホームグラウンドがなくなったんです。月1.2回ほどの営業やNGKでの出番をいただきながら活動をしていましたが、ある時、うめだ花月で藤本さんや陣内(さん)といった当時の中堅で寄席をすることになり、そこに呼んでいただけることになりました。お客さんの年齢層もあがったことで、少しずつ認知されるようになり、そこからだんだんと仕事をいただけるようになりました。でも、一番抜け出せたのは、「すべらない話」ですね。

兵動さんといえば、「すべらない話」でMVPを連続して取られるなど、「ひとり喋り」のおもしろさが印象的ですが、「ひとり喋り」を始めたきっかけと、大事にされていることを教えてください。

一人目の子どもが生まれたときに大木こだま師匠に「子どもが小学校に上がるまでにテレビ出られるように頑張らなあかんで」と言われて。「なんかしないとあかんな」と思ったときに、当時ホームグラウンドであったうめだ花月でひとり喋りをしたのが始まりです。

また、漫才番組に出るには師匠クラス、中堅、若手など枠が決まっています。当時、やすよともこ、メッセンジャー、ジャリズム、中川家、ブラックマヨネーズ、フットボールアワーなど同世代の若手はひしめいていて、自分の中で「矢野・兵動」のブランドは下の方だったんです。「矢野・兵動」を知ってもらってブランド力を上げるには、ひとり喋りで「おもろい」と認知されるのもひとつの策だと思っていました。

そういう思いでひとり喋りを地道にコツコツやっていたら、2007年に「すべらない話」の宮川大輔(さん)のスピンオフのときに、千原ジュニアさんやケンドーコバヤシ(さん)が僕を推してくださって。その後、ゴールデンの「すべらない話」で立て続けにMVPをいただきました。

大切にしていることは、 「いかにお客さんに伝えるか」ということです。ひとりで悦に入ってしゃべっているだけでは、単なる自己満足になってしまいます。言葉だけの芸なので、日常で出会ったちょっとおかしな人や出来事など、その場にいない人や場面を、正確に一つ一つ細かく丁寧に言葉で伝えることを大切にしています。

自分ではしゃべりがうまいとは一ミリも思いませんが、人の話を聞いてるときに「そこ長いのに、そこ短いん?」みたいに、気になるんです。なので、自分が喋るときは、一度書いて確認しています。パソコンのワードで文章を打っていくと、「この説明長いな」とか、「ここが言いたいのに伝わってないな」とかが客観的に見えてきます。そういう地道な作業が意外と効果的で、学校や会社でプレゼンがある人もぜひ試してみてほしいです。学生さんたちは就職活動で面接もあると思いますが、「何を聞かれているかをつかむこと」と「それに対してどう答えを出して伝えるか」ということだと思います。難しく考えず、きちんと聞いて、ひとつずつを丁寧に話して伝えることを意識してみてください。

最後に大学生にメッセージをお願いします。

 

今年はキャンピングカーをローンで買って、何年かかるかわからないけど、ひとり喋りをやりながら全国を回ってみたいと思っています。僕はコツコツやっていく性格だとお話しましたが、ときには大胆に踏み出さいといけない。その時に自分の中でコツコツためた貯金がないと踏み外すこともあるので、やっぱり地道にベースを固めることが大事ではあるのですが、時には大胆に踏み出すバランス感覚も必要です。

大学生のみさんも、夢はそれぞれだと思いますが、逆算して今何をしないといけないのかを考え、コツコツと自分の中で力をためつつ、「どの道から行くか」を決めたら一歩目は大胆に踏み出したらいいと思います。そして、大胆に踏み出したらまたコツコツと歩んで行く。

あとは、いろんな経験をしてほしいですね。いま僕は49歳ですが、振り返ってみると、やったことがあることよりもやったことのないことの方が多いことに気づきます。スキージャンプもフィギュアスケートもやったことない。やってないことだらけなんです。そんな大きなことでなくても、「ラーメン屋何件回った」とか、他人からしたらどうでもいいような経験でもいいんです。どんな経験でも、それをやることで自分に厚みが出ると思います。何かをやる前とやった後では、何かが違うし、そこから何か展開があるかもしれない。

僕は人見知りも少しあって性格的にできなかったけど、「人とたくさん出会う」こともやってほしいことのひとつです。世の中にはいい人もいるし、嫌な人もいるし、悪い人もいる。いろんな人と話すことで、考え方に多様性が持てるようになると思います。今、街ブラ番組の仕事で街の人たちと話をする機会が多いのですが、それぞれにいろんな人生があって本当におもしろいです。

西宮には7年ほど前から暮らしていますが、都会も自然もあって、おいしいラーメン屋も多いし、市内をうろうろしているだけでも楽しい街ですね。住んでいるだけでいろんな経験ができて、いろんな人に出会える「豊かな街」だと思います。

大学生のみなさん、就職活動をしている人もしていない人も、ぜひいろんな経験をして、豊かな人生にしてください!

文:甲南大学 経済学部 2年 熊谷剛

ご協力ありがとうございました。


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